【五日市のショートヘアカッター美容師 有木】

【五日市のショートヘアカッター美容師 有木】

初めまして

五日市の美容院Haleで副店長トップスタイリストをしている

有木です。

今このブログを読んでくれているかたは

Haleにご来店いただいたことがあるかた、

これからHaleに行ってみようかなと考えているかた、

もしくは就職活動中の美容学生さん。

もしかしたらたまたまこのブログに飛んできただけのかたもいるかも知れませんねw

そんなご来店済みのかたやご来店をお考え中のかた、

「Haleにはこんな美容師がいるんだな」

もしくは美容学生さんには

「Haleにはこんな美容師人生を歩んだ人がいるんだな」

くらいに思っていただければ良いなと思い

今回は自己紹介をしたいと思います。

 

約2年前になるでしょうか、

Haleの代表取締役であるアオキに誘われ

中途入社でHaleに入社しました。

支えてくれたスタッフのみんなのおかげで

入社から半年後にトップスタイリストに昇格。

1年で副店長になりました。

そこからはお店のブランディングに関わったり、撮影などの仕事でHaleのヘアのビジュアル作りなどを担当しています。

現在は副店長になってから1年が過ぎ、日々楽しく美容師の仕事をさせてもらっています。

この充実した日々はいつもご来店していただいているお客様と支えてくれているスタッフ、僕に関わってくれている全ての方々のおかげです。

皆さん本当にいつもありがとうございます。

今はこんなに楽しく働けていますがHaleに入社するまでは決して順風満帆な美容師人生ではありませんでした。

(ここからは美容学生さん向けになるかも知れません)

僕が美容師を志したのは高校2年生くらいの時だったと思います。

当時の僕はなりたい職業が特に決まっておらず、進路希望の紙に何も書くことができずに提出できないでいました。

その当時のアルバイト先の1つ年上の先輩に相談したところ

「なりたいものじゃなくて、やってみたいものでいいんじゃない?」

と言われ、その日のうちにメモ紙にやってみたいものを箇条書きに書いていきました。

たしか5つか6つくらいあったと思います。

その中からよく考えて、できそうにないものを消去法で消していき、残ったものがたまたま美容師でした。

(今考えると本当に適当すぎる)

それからは進路希望の紙にも美容師とだけ書いて提出し、

親に報告

「俺、美容師なるわ」

特に勉強ができるわけでもなくスポーツが得意でもなかった僕でしたが、男だけの三兄弟のなかでいちばんファッションに強く関心があった僕だったので、

なんとなくわかってたのか、たいして反対もされませんでした。

そして地元である広島を出て、わざわざ福岡県の美容学校に入学。

それなりの成績で卒業し、国家試験も合格し福岡県内の美容室に就職。

ここから僕の美容師人生が始まりました。

今から13〜14年前のことですかね?

当時の僕の美容師1年目の月収はだいたい12万くらい。

そこからお店の寮の家賃が引かれるので残るのは約10万円。

食費や光熱費、私服での仕事だったので洋服代もかかりました。

厚生年金や社会保険もなく、あったのは失業保険のみ。

国民年金と国民健康保険は当時は払えなかったです。

(のちに何年もかけてちゃんと支払い済みです)

今考えるとよくそれで生活してたなと思いますねw

でも当時はそれくらいが当たり前だったので今の美容師1年目の子の月収はだいぶ良くなったと思います。

(ちなみにHaleは社会保険完備です)

そんな金銭状況の中でも仕事は順調でした!

と言いたいところですが、

正直ダメダメでしたね。

一緒のタイミングで入社した同じ店舗の同期がめちゃくちゃ器用で要領が良い子だったんですが、

僕はどちらかというと自分で技術の理論に納得いかないと前に進めないタイプだったのでどんどん同期に差をつけられました。

日々それを見ている先輩たちからもその同期と比べられ、

当時、福岡タワーほどに高い僕のプライドはポッキリと折られましたw

そこからは練習のモチベーションも無いに等しいほどに下がり、

営業後に練習をサボってすぐ帰っていました。

今思えばこの時が人生最初の挫折だったかもしれません。

それと同じタイミングで実家の母親が体調を崩し仕事を休業したと連絡がありました。

気づくと僕は当時の社長にあっさりと

「辞めます」

と言いました。

新卒で入社したその美容室の社長は美容師としても1人の人間としても本当に偉大な人で、

自分のお店のスタッフを自分の子供たちのように思ってくれている人でした。

(今でも新卒で入ったお店がそのお店で良かったと思っています)

もちろん当時、かなり可愛がってくれていた先輩たちもたくさんいたのでみんなに引き止められました。

でも20歳そこそこの当時の僕は死ぬほど頑固だったので、周りの反対を押し切り広島へ戻りました。

広島に戻ってすぐはとりあえず生活のために美容の仕事とは関係のないアルバイトを始めたのですが、

美容師の仕事をたった1度挫折した程度でやめた人間です。

新しい仕事を頑張れるわけもなく

「これは俺にあった仕事じゃない」

などと思いながら日々を過ごしていました。

(当時の自分に説教してやりたいです)

そんな時に親戚から広島市内の美容院が中途スタッフを募集してるから働いてみてはどうかとすすめられました。

少し迷いましたが、ずっとアルバイトもよくないかなと思いその話を受けさせてもらうことになりました。

2社目に入社した美容室は当時、姉妹店が5つか6つあり、

社員も全員で40人〜50人ほどいるわりと大きな美容室の会社でした。

アシスタントとしての中途入社だったのでもちろんシャンプーからテストを受けることになりました。

(アシスタントで中途入社すると今まで合格した技術はだいたい最初からということが多い)

中途なので同期という存在がおらず、誰とも比べられることもなくマイペースに技術のテストを受けられたので気持ちはすごくラクでした。

入社して1ヶ月ほどで他の店舗の人たち全員が集まるミーティングのようなものに参加した時に、

今のお店Haleの代表取締役であるアオキと出会いました。

(アオキとは働く店舗は最初は違ったのでその時は軽く挨拶して自己紹介したくらい)

2社目のお店ではマイペースにテストを受けられたこともあり営業後の練習も真面目に取り組んでいました。

休みの日は技術セミナーなどにも積極的に参加して自己投資なども惜しみなくやってましたね。

いま考えると、もともと仕事に関する知識を取り入れたり、技術の研究なんかも好きだったみたいで無意識に時間とお金をかけて良い美容師になるためにがんばっていたと思います。

2年〜3年ほどそのお店で働いて、カットの技術テストも終わり

さあそろそろスタイリスト昇格テストを受けようかというタイミングでした。

会社の教育チームの組織編成が新しくなり、カリキュラムも大幅に変わり昇格テスト目前に

「スタイリスト昇格の基準が変わった」

と言われました。

2社目の会社の教育チームはわりと大きな組織だったので僕1人のために特例は認められなかったみたいで泣く泣くそのカリキュラムに従うしかなかったです。

その基準というのが

「カットモデル料金でスタイリストの売り上げをあげられれば昇格」

というものでした。

会社としても初めての試みだったようで、

その基準も高いのか低いのかもわからない。

この基準で正解だったかどうかはこれからの僕たちアシスタント次第。

というスタンスだったのではないかと思います。

変わってしまったものはしょうがないので、呼べるカットモデルはどんどん呼び、

営業後はカットモデルをこなし、

休日になればセミナーに参加しつつ、終わると街に出てモデルハントをするという生活になりました。

しかし、なかなか基準には届かず、20代後半に差しかかりながらもアシスタントを卒業できずにかなり焦っていました。

技術や練習でもうまくいかないだけでなく、仕事の人間関係なんかも良くありませんでした。

当時の僕は頑固で先輩にも食ってかかる、先輩に八つ当たりされるのも大嫌い。

そりゃモメるよなと今でも思います。

そんなこんなで違う店舗で店長をしていたアオキと一緒に働くことになります。

(あとから聞いた話では、その時にはアオキはお店から独立することを決めていたらしい)

当時のアオキは自分の子供がまだ小さいにも関わらず遅くまでカットモデルのチェックにも付き合ってくれたり、

飲みに連れて行ってくれたり、

時には自宅に招いてくれてご飯を食べさせてくれたりと

扱いにくい後輩だったであろう僕のことを何かと面倒を見てくれました。

(本当にお世話になった)

そんな時、ようやくカリキュラムの基準を満たしスタイリスト昇格テストを受けれることになりました。

(テストは1発では受からず何回も受けた)

昇格テスト前日、当日を想定した最後の練習をカットマネキンでしていた時、

ハサミで盛大に指を切ってしまい結構な出血。

テスト前日にこんなケガをするなんてと落ち込む僕を見てアオキは大笑いしていました。

(この人、人間じゃねえと思ったw)

翌日、切った指を絆創膏でこれでもかというくらいグルグル巻きにしてテストに臨みました。

ケガを抱えながらもなんとか合格。

晴れてスタイリストになった僕ですが、その直後に店長だったアオキが独立のためお店を退社。

僕はスタイリストとしてお客様を担当できるようになったのですが、

そのお店はほとんど集客をしておらずカットモデルだった人たちがそのままお客様として来てくれている人たち以外はお客様が増えるようなことはありませんでした。

(このカットモデルだった人たちはありがたいことに今でも来てくれています)

新規の入客も思うようにできず、尊敬していた先輩たちもほとんどがお店からいなくなっていたこともあり、

スタイリストになって1年もしないうちに僕は2社目のお店を退社。

他の周りの美容師さんより上手くなりたいという思いが強かったので

武者修行のつもりで広島市中心部の低価格帯の面貸し美容室にフリーランスとして所属し、

ほぼ毎日のように新規のお客様をたくさん担当するようになりました。

ここ数年ではフリーランスの美容師もたくさん増えましたが、会社に所属する美容師と違い

固定給はなく報酬制度で日払い。

個人事業主なので確定申告なども自分でしなければならないというのが普通でした。

セミナーなどの案内もお店に来るわけではなかったので、上手くもなりたいし美容の勉強をもっとしたかった僕はあまり長くフリーランスの美容師をやっていくつもりはありませんでした。

そんな考えを持ちつつフリーランスを始めて1年ちょっと経ったある日、

2社目の美容室でお世話になったアオキから

「ウチの店でまた一緒にやらないか」

と誘っていただきました。

今の時代、美容室は日本全国たくさんの店があってお客様が選ぶのに困るほどの数があり、

美容師もどこの店で働くかより、誰と働き自分が何をなすか。

僕は美容業界で横のつながり(人脈)というものがほとんどなく、異業種の知り合いもいませんでした。

Haleの代表取締役であるアオキは僕の持っていない横のつながりだったり異業種の知り合いも多い人脈の広い人だというのは知っていましたし、

人間としても尊敬できる人でした。

僕の持っていないものをアオキといることで補ってもらえれば僕はもっと美容師としても人としても成長できると思いました。

そう思い、アオキに

「やります」

とその場で返事をし、硬い握手を交わしました。

そこからは最初に説明したとおり毎日楽しく働けています。

美容師1年目から数えてHaleに来るまで2万回くらい美容師をやめようと思ったり、

また実際にやめてしまったりと

あんなに頑固で先輩とモメてばかりだった僕がHaleに入社してからは、

後輩たちにも恵まれ、信じられないくらい毎日笑顔で働けています。

たぶんこういうエピソードは美容師さん1人ひとりにあると思うし、

僕みたいにいくつかのお店を転々とした美容師もいれば

1社目に入ったお店で何十年も働く美容師さんもいると思います。

また美容師さんだけでなく、異業種のかたでもいろんな挫折を味わいながらそれでも自分で道を切り開き幸せを掴み取る人たちもいるはずです。

今ある幸せや良い環境を当たり前と思わず日々感謝し、もっと上を目指して成長したいと思っています。

今度は僕が後輩たちを引っ張っていく存在になり、来店していただけるお客様だけでなくHaleのスタッフを幸せにしたいと心から思っています。

Hale 副店長トップスタイリスト 有木

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この記事を書いたスタッフ

重信 萌子 SHIGENOBU MOEKO

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